アダルトチルドレンのためのアンダンテ

歩いていこう。アダルトチルドレンやADHD。大人になって私がいろいろ知ったこと。

自分への統制

自分で自分にTODOを課してある程度自分にタスクをやらされてる人の方が、人にタスクを振るのは上手いのかも知れない

自分へしてる事を人にもすれば良いだけだからね

ただ、自分へ指導するときは言い方や厳しさを考えたりしなくて良いけど、人にするときはある程度相手のキャラクターを考慮しなきゃいけないんだろう

それが出来ていないことに気づけない時、その人は「何であいつはやらなきゃいけない事をやらねえんだ」って人を批判するんだろう

孤独を感じるんだろう

言葉より姿で

言葉より姿や態度で伝わるものの方が相手に強く伝わるような気がする

それは感じ取る主体が受動的に思わせられてるんじゃなくて能動的に思っているからだと思う

言われて嫌だった言葉

なんだか、言われて嫌だった言葉が頭の中でぐるぐる再生される

 

不安なのはなぜだろう

そわそわするのはなぜだろう

きっと、また傷つくことが怖いからだ

 

 

すごく楽しい時間の後

なぜかわからないけど、すごく楽しんだ後に、

急にすごく悲しくなる事がある。

 

なんだか、数時間前の自分の言動に後悔したり、

罪悪感を感じたり、自己嫌悪に陥ったり。

あ、素敵だな って思える人

才能とか性格とか、あっこの人素敵だなって思える人。

そうゆう人は人の事を褒めるのが上手だなって思う。

きっと、人の事をちゃんと見てるし、人の能力を見出してそこから学ぶ事が出来る人だから、

素敵だと思える才能や人間性を身につけられてるんじゃないかって、思う。

やりたい事をやるという事

一人暮らしをしてから、何かと我慢することが無くなったと思う。

食べたいものを、食べたい時に食べられる。

出かけたい日に、出かけたい時間に出掛けられる。

何時に帰ってもいいし、帰らなくてもいい。

着たい服が着れるし、捨てたいものを捨てられる。

怠けてても、だらしがなくても、散らかしてても、誰も何も言わない。

お金の使い方も、時間の使い方も、生活の全てを自分で決められる。

今まで押し込められていた何かが、急に弾け飛んだ感覚になった。

その勢いで、いろんな事に挑戦して、思いついたことは直ぐに行動に移してみるような人間になった。

自分がやりたいこと、とか、自分の意思、とか、そうゆう感覚を異常に大事するようになった。

今まで色々我慢してきたことを、間違っていた、と思うようになって、これからの自分はもっと自分の気持ちを大事にしようとか、思うようになった。

結果、どうなったか。

責任を取る、という事を知らないまま、やりたい事だけを追求し、その結果人に沢山迷惑をかける事になった。

ルールとか、雰囲気とか、そうゆう物に従って生きる事に苦しさを感じるようになり、

障害にぶつかっても、いや、自分の意思を尊重しなければ、また同じ失敗をする、という強迫観念に襲われて、

既存の枠を自ら突き破るようになり。

やりたい事をやるのはいいけど、それによって人に迷惑をかけないようにするには、やりたい事をやる代わりに何を守って、何を回避して、何をやるべきなのかを把握して自分の欲求をコントロールしなきゃいけない。

それが責任というものの正体なのかもしれない。

受け入れてあげる優しさ

疲れて、傷ついて、悲しんでる人に、

もっと元気出して!もっと前向きになろうよ!

って、相手の状況を変えようと頑張るよりも、

辛いんだね

って、相手が苦しんでいることそのものを、受け止めてあげる事が優しさのときも、あるんだろうな