アダルトチルドレンのためのアンダンテ

過去の事も、それに対する後悔も、こうなりたいってゆう希望も、言葉にし落とし込んで眺めてみることで、ちょっと整理がつくかもしれない。

ひとりになれなかった一人暮らし

大学を出て、都内に就職して、一人暮らしを始めた。母親は、そうと決まるまでは否定的な発言もしていたものの、いざ物件さがしとなるとウキウキしながら都内を歩いていた。私は就職後の社会人生活を意気込む良き娘となり、母は寂しさを抱えながらも頑張る娘を応援する良き母となった。

 

しばしば母親は私が母と違う意見を持つこと対して、「御飯も作ってやってるんだし選択も皿洗いもしてやってるんだから、そんな口の利き方するんじゃない」といった。

バカだった私は生活や経済的に独立すれば自分は自分の意見が表明できる立場になると期待した。一人暮らしになったら自由な生活が手に入ると期待した。

 

母は、私の一人暮らしの家に、週に1回のペースで来るようになった。実は母は私が大学に通い始めたあたりから、都内でバイトをするようになった。一人でできるバイトだったため、周りの人とトラブルを起こすこともなく、順調に仕事を続けていた。母にとって、都内でバイトをする際に、実家から通うよりも都内の私の一人暮らしのマンションから通う方がはるかに都合がよかった。

 

しかし母は来るたびに、私の家の家具の配置、小物の置き場所、キッチンの収納まで、自分思い通りに、しかしあくまでも”私のためを想って”変えて帰って行った。「なんでこんなもの買ったの?ママがこの間買ってあげたじゃない!」「駄目じゃないここにこれを置いたら!」「ほこりだらけでカビだらけの家ねえ」「これはここにしまうってゆうルールにするの。わかった?」。何かが私の家に足りないと思ったら、私の意思にかかわらず私にそれを買い与えた。

家に来て母の口からでるものは、ひたすら誰かの愚痴だった。誰かといっても7割が父、2割が兄や母親の兄弟・親、あとの1割はバイト先や電車で見かけた人等、他人についてだった。いつも通りではあるが、いつ聞いてもいい気はしない。人の話はへえで終わらせマシンガンのように話す母親の話を適度に流す術は身に着けたが、聞いていないと「あなたはいつも適当に返事するのね」と私の否定にかかる。残念ながら母から愚痴られてしまっている彼らを擁護しようとするものなら、たちまち母は機嫌を損ねた。価値観も合わないことが多く、特に欧米系以外の外国人を卑下する発言は許せなかった。

 

私は何かと理由をつけて彼女が家に来ることを頑張って拒否した。

 

「お願い。洗濯も掃除もしてあげるから、家に泊めて。寝かせてもらえるだけでいいの。昨日も仕事を頑張ったら喉が腫れて具合が悪くなって口中口内炎ができたの。あなたの家に泊めてもらえると本当に体がたすかるの。ママにも楽しみがほしいの。だから体は弱いけど頑張ってバイト続けてあなたと旅行にいったり遊びに行ったりしたいのよ。」

 

この記事を読んでいる人は馬鹿々々しいと思うかもしれないが、私はこのとき、どうしようもなく母から逃れたいという願望と、”私が家に泊めないと、母親から健康も楽しみも奪う”という重荷が混在しパニックになっていた。母が来た日の翌日は、なぜか決まって吐き気に襲われた。

その後も続く母からの大量のLINEのメッセージは、まるで「あなたが私の言うとおりにしないと私が不幸になる」とでも言っているかのようだった。

 

「刺すような視線で私をにらみつけた」

私が母を見る表情を、母はそう表現した。

怒りだったのか、悲しみだったのか、絶望だったのかわからない。ただ睨み付けるといっ猛々しいものではなく、苦しみに満ちた何かが漏れ出たものだったと思う。やせ細って不幸そうな顔で寝る母の姿は私の首を絞めつけた。