アダルトチルドレンのためのアンダンテ

歩いていこう。アダルトチルドレンやADHD。大人になって私がいろいろ知ったこと。

告げたとき

一人暮らしをしてから一年くらいたったとき、私に今までになかった「どうにかしなきゃ」という感情が生まれた。

生活を別にしたら解放されるという期待が哀れな幻想だと知ったというネガティブな事象が要因の一つだが、それだけではなかった。

私は私の悩みについて、理解しようとし、一緒に悩んでくれる友達や交際相手に出会った。その友達の母親にも話を聞いてもらった。

私は今までにも何度か家族に関する苦悩を誰かに打ち明けたことがあったが、「それだけあなたのことを想ってくれてるんだよ。」「そんなにあなたのためにしてくれるんだ。良い親じゃない。」と、普通の人なら当然するであろう反応に困惑していた。

難しいのは、家族の関係性は千差万別であるにもかかわらず、「家族愛」や「親孝行」といった共通の言葉でくくられてしまう。だから全く違う数字をイコールで結んだような気持ち悪さだけが残った。その気持ち悪さを何回か経験した後、私はあまり家族のことは周りに言わなくなった。

友達や交際相手は、なぜか普通の人の反応をせず、愛情等といった言葉で整理できるものではないことを理解し、むしろ私がもっと親から離れることを後押ししてくれた。

特に友達の母親が、私の母親が私を母親とは違う一人の人間として扱っていないことを指摘し、しかし私も私で母親の勘違いを促すようにふるまってしまっていることを指摘してくれたのは大きかった。母親世代でこう言ってくれるひとに初めて出会った。

 

私は母親に今の自分の気持ちを告げようと思った。

実際は、今までにも(いわゆる”爆発したとき”)、自分の本音を母親に告げることは何度かあった。しかしその度に母親は私よりも大きい声でいかに自分がかわいそうかを語った。かとおもえば、「ママが全部悪いって、ママがあんたに意地悪してるって、あんたはそう思っているんでしょ?ねえそうなんでしょ?!」と涙をためながら私を怒鳴りつけた。そうしたとき、私は基本的にそこから何かもう一声自分の意見を言うエネルギーすら失っていた。

 

今回はメールで送った。長文になったが一晩考えて送った。

送ったときは少し晴れた気持ちになった。母親に対する冷たい態度など、謝りたいところは誤り、しかし嫌だったことやこれからどうしたいかもはっきり告げた。

 

しかし、帰ってきたメールをみて愕然とした。

少なくとも私が読んだ限りでは、私が送ったメールに対するアンサーはどこにも見られず、むしろ母親が愛情を受けずに育てられたこと、だから母親は私に対しては一生懸命愛情を注いだ、それにもかかわらずいかに私に苦しめられ、いかに私のせいで人間としての自信を失っていったかが語られ、父親に冷たくされ息子(兄)には嫌われ、私にはあなたしかいないのという訴えが綴られていた。そして最後に、「もうやめにしましょう。また小さいころに見せてくれたあなたの笑顔を見せてちょうだい。」と。

お互い分かり合って和解することと、今までのことは全部なかったことにすることは全く違う。母親が行おうとしているのは後者だと感じた。

 

年末実家に帰ると、第一声に「なんでそんな小さなカバンで帰ってきたんですか?」から始まり、憎しみかなにかに満ちた声で、よそよそしくすべて敬語で話しかけてきた。母親に反する自分の意思を表明することは、23歳になってもいまだに許されていなかったと知った。