アダルトチルドレンのためのアンダンテ

過去の事も、それに対する後悔も、こうなりたいってゆう希望も、言葉にし落とし込んで眺めてみることで、ちょっと整理がつくかもしれない。

久々のパニック

子離れしてほしいと、自立させてほしいと、毎週のように家に来ないでほしいと根気よく告げ続けた。

日記のように毎日長文で来るLINEも、不本意に返信するのは辞めた。

母親も少しは私の考えを受け入れてくれたようで、だんだんと泊りに行きたいと言わなくなり、私は旅行先に家族に絵葉書を送るくらいの心の余裕を持てるようになった。

 

ある夏、祖母の寿命が近いことを知り、家族で母の実家に行くことにした。

その二泊三日の間に、私の心の余裕はどこかに消え去った。

母親は何かと発言をする際に「あんたが普段私にまったく連絡くれないから」「あんたが普段私の相談にまったく乗ってくれないから」を枕詞のようにつけて、あれやこれや誰からの協力もなく母親一人でおこなったということを私や周りの親戚に告げた。母親の姉やいとこの曖昧な視線がいたたまれなかった。

 

帰省最終日、母親は私が1年前のヨーロッパ旅行の写真について、私の携帯で撮った写真をすべて母親に送らなかったことに腹を立てていた。母親は、私が母親の頼みを適当な返事をしてすぐに忘れるとおこった。「あんたっていっつもそうよね」。私が私の携帯で撮った写真をすべて母親に送らなかったために、母親が理想的なフォトアルバムを発注できなかったらしい。あとから私が、母親がとった写真より良くとれている写真や、母親が撮っていなかった写真も持っていたことを知って腹を立てたのだ。「あんただけいいアルバムが作れていいわね」。

 

「なんでも私のせいにしないで」。抑えきれない感情を無理やり抑えるために、私は部屋に向かった。

ただ、その感情は残念ながらその一言の中に、悲しいほど顕著に表れてしまっていた。

「私はあなたのせいなんて一言も言ってないわよ」

母親の弁護がはじまった。

なにをいっても「あなたが勝手に悪い方向に解釈しているだけでしょ」という母親の主張。「あなたのために」。枕詞は愛情の仮面をかぶったものにかわり、自分をいつもの怒りと罪悪感の板挟みへと追い込んだ。それでも向き合おうとして自分の本当の気持ちを語り始めた瞬間、声は叫び声へと変形し、涙と呼吸が止まらなくなった。

それでも、必死で言葉を発した。今までどんな言葉や態度に傷つき苦しんでいたか、どんな感情の葛藤があったか。

正直、伝わったとは思わない。母は私がそうなった理由をすべて、息子(兄)が手のかかる子で、母が息子(兄)につきっきりだったから私がこうなった。と、私が一言も発していないことを理由に据えて、その時間をまとめ上げた。