アダルトチルドレンのためのアンダンテ

過去の事も、それに対する後悔も、こうなりたいってゆう希望も、言葉にし落とし込んで眺めてみることで、ちょっと整理がつくかもしれない。

張りぼての「良い家族」

母親から、都内のカフェに呼び出された。

父親の病気のことで話があると。

 

父親の病気は重くて、もう時間がない。

だから、これからは良い家族になろう。

良い家族になって、今迄より頻繁に合って、今迄より沢山コミュニケーションを取って、沢山旅行も行って。

 

言葉を失う自分。

良い家族って、何だ。

 

母の姉のの息子は、親をドライブに連れて行ったらしい。

母の姉の娘は、旦那さんを迎えた日に家族と遊園地に行ったらしい。

そんなふうに、私にも、そろそろ家族になにかしてあげようと、思えるようになってほしいらしい。

今迄そんな事してくれた事、無いじゃないかと。

良い家族になろうと頑張って努力しているのは母だけで、誰も協力してくれないじゃないかと。

 

返す言葉も見つからなかったが、辛うじて出てきた言葉は自分でもびっくりするくらい、その母の想いを全力で拒否する言葉だった。

悲劇のヒロインと悪者の娘。

カフェではきっと周りにも会話は聞こえてて、きっと周りの人はそう思っただろうを

そんな状況だった。

 

そんな思いもあってか、最近母はよく家族での旅行や食事を企画するようになった。

 

確かに、いわゆるいい家族は子供が大きくなったら、親のためにいろんな事をしてあげてる。

それが出来ずにただ親を避け続けてる自分は親不孝なんだろう。

 

ただ、例えば家族でドライブに行く事、家族で遊園地にいくこと、それを形式的に実現する事で良い家族は体現できるものだろうか。

旅行先では行動はばらばらで会話も特になく、共に行動すると事あるごとに喧嘩、父親が居ない時には相変わらず母は私の耳元で父親への不満を語り続ける。

それは愛らしい夫婦の愚痴とは違う、父親への期待のその「裏切り」への失望から生まれた言葉たちだった。

家族の喧嘩が起きないように、起きないようにと常に気を張る。

対立が起きそうになったら間に入って必死で折衷案を考える。

馬鹿馬鹿しいと思いながらも、未だに反射的にその行動に出てしまうのは、きっとずっと前からやってきたから。

自分は本当に、親のために「何もやっていない」娘なのだろうか。