アダルトチルドレンのためのアンダンテ

過去の事も、それに対する後悔も、こうなりたいってゆう希望も、言葉にし落とし込んで眺めてみることで、ちょっと整理がつくかもしれない。

対人恐怖症を経験した時から

高校生の時、「対人恐怖症」に当てはまるような精神的状態を経験した。

なぜ ”対人恐怖症だった”って言わないのかというと、当時精神科に行って診断を受けたわけではなく、「対人恐怖症」ってゆう言葉すら知らなかったから。

 

クラスで一緒の子たち、初めて会話する同級生、部活の先輩・後輩・同期、電車に乗った時に隣にいる人、コンビニの店員さん、全ての人の視線が怖くて、全ての人に嫌われていると思っていた。相手を避けることが相手のためだと思って頑張って離れようとしていたり。会話では、友達同士が盛り上がっているときは、自分が会話に入ると邪魔をしてしまうと思って、できるだけ言葉を発しないようにしたり、会話を振られると頭が真っ白になって何て返事すればいいかわからなくなったり、会話が終わるころには気づかれでヘトヘトになっていたり。

そんな様子だと当然周りも「あの子なんか変だ」と気づくようになり、自分の事を避けるようになる。

その事実が、「やっぱり、自分は嫌われている」という確信に変えていった。

 

多分きっかけは中学生の時の人間関係。

いじめとも言えるかもしれないけど、ニュースで聞くようないじめとくらべたら全然深刻でなく、死ねとか近寄るなとか言われたり、聞こえるように悪口や誹謗中傷を会話されたり、修学旅行のバスの席をずっと蹴られたり、とか。直接的に暴力を振るわれることがなかっただけ、ましだったんだろうな。

それでも、ある日を境に、幼稚園の時からずっと友達だった人も、昨日まで笑顔で接してくれた人も、態度ががらっとかわる。この人もか、この人もそうか、と、何度も何度も悲しくなる感覚は、辛すぎてここ暫く思い出すのを避けていた。

正直自分がわるかったという気持ちもあって、「いじめられている」として被害者面するのに罪悪感があった。だからといって何されても仕方ないという事にはならないかもしれないけど、それでも言い出せなかった。

毎日学校にいって下を向いて耐える。時には保健室に逃げる。

そうして過ごしていくうちに、かろうじて何人か会話できる人を見つけたり(特に同じ”被害者”側の人とか)して、そうして3年間がおわった。

 

受験の末に入学した高校は、中高一貫校だった。

中学校から上がってきた生徒と高校から入学する生徒が混在する入学式。

高校から入る自分は明らかにアウェーで、なぜかその状況が中学のときに一人で下を向いて耐えていた状況を彷彿させて、人と話すのも、人と話さないで時間が過ぎていくのも、怖くなった。

冒頭で書いたような恐怖のサイクルは、3年間ずっと続いた。そして中学でも高校でも人間関係がうまくいかないという事実は、自分への信頼をどん底まで突き落とした。不思議なもので、恐怖に怯えてガチガチの警戒態勢にあったはずなのに、愛そうよく話しかけてもらうことが暫く続くと、逆にそこに依存したいという気持ちが生まれて、たぶん相手に負担になるくらいその人と仲良くなろうとしてしまい、結果的に離れられてしまう事とかもあった。それを経験すると今度は、近づいてきてくれる人が現れても、「いつ、自分はこの人に嫌われてしまうんだろう」という気持ちで接していたり、一定程度仲良くなると無意識にその人を避けてしまうようになってしまったりしていた。

ただ、自分の欠点や思いやりの無さが露呈してしまう事があっても、見捨てずに話しかけてくれる一握りの人たちがいて、私はその人たちのおかげで高校も最後まで通うことができた。

 

見られてもいないのに人の目線に怯えたり、まだ話してもいないのに人に嫌われる事を怖がったりする状況は、大学に入ってもしばらく続いた。社会人になった今でも、初対面の人と話す際には、まず「自分が嫌われている」という前提をいつのまにか設定して会話してしまっている感覚はあったりする。それでも、安心できる人との出会いの積み重ねによって、自分は今の状態までこれたんじゃないかな。

 

対人恐怖症の症状としての”自分は嫌われている”という先入観に加えて、たぶん、本当に私は自分勝手なんだと思う。本当に、人に嫌な思いをさせて実際に嫌われてしまったことが、今までたくさんあるんだと思う。

だから自分もどうしたらやさしい人になれるんだろうとか、どうして自分は人に嫌な思いをさせてしまうんだろうとか、いっぱい考えて、ノートに書きだして、色んなシーンを公開したり反省したり、次はこうしてみようと思ったり。その時は無駄な足掻きを繰り返しているように思うんだけど、もしかしたら、ちょっとは効果があるのかもしれない。